2025年3月7日(金)、「やってみんさい、データサイエンス!」をキャッチフレーズに、広島を彩る「人」「産業」「スポーツ」をテーマとしたデータ活用の成功事例や体験談を紹介するWiDS HIROSHIMA (ウィズひろしま)のシンポジウムが開催されました。今回のセッションには、会場とオンラインを合わせて100名を超える参加者が集まり、広島県におけるデータサイエンスへの関心の高まりがうかがえました。 参加者は会場・オンラインともに「Slido」を利用して気軽にコメントや質問ができる環境で、活発に意見が交わされました。
WiDS(ウィズ)とは?
「WiDS(Women in Data Science)」は、ジェンダーを問わず次世代データサイエンティストの育成と活躍の場の創出を目的とした、米国スタンフォード大学発の世界的な取り組みです。2015年に始まったこの活動は、現在では世界73カ国以上で展開され、3月8日の「国際女性デー」に合わせてさまざまなイベントが開催されています。
「WiDS HIROSHIMA」はWiDS認定アンバサダー菅 由紀子さん(株式会社Rejoui代表取締役)を中心に2020年から継続的に開催されています。「データを扱う分野における女性の活躍を促進したい」という思いから、登壇者は女性のみ。データサイエンスのプロフェッショナルとして活躍する女性のリアルな声を紹介しています。
今回はデータサイエンスを身近に感じて新たな可能性を見つけるきっかけづくりを目的に、初心者向けの内容から実践事例まで、幅広く紹介されました。

【体験談】生成AIで下蒲刈島の魅力を再発見!観光PRポスターづくりへの挑戦
ヨガとダンスのインストラクターであるうららさんが紹介したのは、2024年11月に行われたWiDS HIROSHIMAのバスツアー「下蒲刈島 1DAY データサイエンス」の体験談です。
「データ×下蒲刈島」をテーマに下蒲刈島のコワーキングスペースで行われたのは、生成AIを活用した観光PRポスター制作。うららさんのチームは、生成AIの分析から「20代の働き盛りの人々をターゲットに、デトックスやリフレッシュをキーワードにSNSでPRを展開する」という戦略を立てました。実際に島内をフィールドワークした後、生成AIを活用して観光ポスターを制作。初めてパソコンを操作する方もいたということでしたが、参加者の皆さんは生成AIにプロンプトを入力するだけでクオリティの高いポスターを完成させたそう。

子どものころから広島の離島が大好きだといううららさん。生成AIを使って離島の魅力をイメージどおりに形にできたことに大きな手ごたえを感じたとのこと。うららさんの体験談からは、データサイエンスやAIへの敷居が下がり、データ活用が身近なものとして受け入れられていった様子がうかがえました。

【講演】ウェルビーイングとデータサイエンス
続いて、ウェルビーイングとデータサイエンスをテーマにした講演と、パネルディスカッションが行われました。
公認スポーツ栄養士の馬明 真梨子さんは、「広島のスポーツを変える スポーツ栄養士からみたデータの新たな可能性」というテーマで講演。
まずスポーツ栄養サポートの事例として、選手のコンディションを管理するアプリを活用して量的データ (※数値として測定可能なデータ。身長体重、年齢など)を収集し、体重や栄養摂取量、睡眠の質など多角的に分析することで、パフォーマンス向上につなげられることを紹介されました。

しかし一方で、数値では把握・評価できないものもあり、馬明さんは、数値だけでなく選手の言葉や行動変容といった質的データ (※分類や種類の区別を目的にした、数量で表現されないデータ。出身地、学年など)も重要と指摘しました。そこで、個人面談における指導記録や目標設定シートの自己評価記述などのデータを用いる「質的記述的方法」で評価する方法を紹介し、データを単に収集するだけでなく、選手自身が考えて実践する力を育成する自己調整学習の重要性を強調しました。
その上で、広島のスポーツについて、分析したデータを戦略的に活用するコーチング力や選手を導く力が広島のスポーツチームをより強く魅力的にするのではないか、と締めくくりました。
一般社団法人ヘルスケアマネジメント協会代表理事の振本 恵子さんは、「ヘルスケアとデータサイエンス 広島県で働く女性の健康課題と対策について」というテーマで講演。
働く女性の健康課題の一例として、「月経の症状による経済的損失が年間約7000億円にのぼり、その72%が労働損失」という衝撃的なデータを挙げました。

この課題解決には「健康リテラシーの向上」「専門家による相談窓口の設置」「働きやすい環境整備」という3つの対策が有用という仮説のもと、広島県内の企業と協力して実施した「働く女性の応援プロジェクト」を紹介。事前アンケート実施後に3回のセミナーを実施した結果、11カ月の実施期間で理解度がアップ、行動変容を起こす声が増えたなど、具体的な成果を上げたそうです。
振本さんは最後に、広島県の女性の健康寿命が全国平均より低い状況にあり、特に育児介護による睡眠時間の確保に関する課題や受診率の低さを指摘。正確な健康情報の提供と、企業全体での健康管理の重要性を強調しました。

パネルディスカッションでは、スピーカーとして馬明さん・振本さんが、ファシリテーターとして菅さんが登壇。健康とデータの関係性について、「ヘルスケアとして意識したいデータや指標」「企業や組織に求めたい姿勢」「広島ならではのあるべき姿や指標」をテーマに意見が交わされました。
とくに広島ならではの健康課題として、再び女性の健康寿命の話題になりました。広島は女性の固定的な性別役割分担意識(アンコンシャスバイアス)の影響が強いと紹介され、意識を変えること、周りの理解を得ることの必要性が語られました。
スペシャルセッション「プロ野球ファン必見!データで語る球団の魅力」
広島といえば広島東洋カープです。スペシャルセッションでは、登壇者に荒 智子さん(株式会社NTTデータ コンサルティング事業本部法人アセットベースドサービス推進室SDDX担当課長)と住本 明日香さん(フリーパーソナリティ/カープ女子会リーダー)をお迎えし、広島出身で生粋のカープファンである菅さんとともにデータサイエンスと野球の関係性について掘り下げました。
NTTデータの荒さんは、同社が開発したVR(仮想現実)技術を活用した打撃トレーニングシステム「V-BALLER™」を紹介。このシステムは、実際の投手が投げた球をVR空間で再現し、選手がバッティング練習できるものです。これにより、打撃に必要な能力(再現性・タイミング・ストライク/ボールの見極め)の観点からパフォーマンスを測定できるそう。
高校野球部での活用事例もあり、練習時間が限られる高校生でも効率的なトレーニングが可能になるということで、今後プロアマ問わず野球界に大きく貢献するものになりそうです。
菅さんからは、「セイバーメトリクス(SABRmetrics)」という野球の客観的・統計学的分析手法の紹介がありました。
その指標の一例として挙げられたのが、野球王国・広島では認知率が高いという「OPS」。出塁率と長打率の和から求めることができ、これによって打者の打率貢献度が評価されます。打者の貢献度については、「wOBA」という指標もあります。これは長打を反映できる点、プレーの重みづけができる点でOPSより優れているとのこと。昨年のカープでは、野間選手がwOBA一位だったようです。

また、塁上の走者とアウトの状況から得点期待値を導き出す方法や、過去のデータを活用して優勝マジック点灯のタイミングを予測する方法も紹介されました。昨年9月はじめまでカープの優勝を確信していた方も多いのではないでしょうか。今年からはデータを活用して予測してみるといいかもしれません。
はじめこそ「セイバーメトリクスって知っていますか?」という菅さんの問いかけに会場の反応は小さかったものの、話が進むうちにどんどん引き込まれ、前のめりに聴く参加者も。「野球には詳しくないけど聴いていて面白い」という声や、「アウト数×走者のクロス期待値、カープの選手ごとに作りたい」と、紹介されたデータ活用法をさっそく試してみたいという感想も見られました。
アスリートの育成など、スポーツを“する側”でデータサイエンスが活用されていることをご存じの方は多いでしょう。スペシャルセッションでは、データを活用すればスポーツを“観る側”も、いつもとは違った試合観戦の楽しみ方ができると示され、参加者たちはデータサイエンスの新たな魅力を発見したようでした。

おわりに
データサイエンスは限られた狭い世界のものではなく、さまざまな分野と融合することで新たな価値を生み出す可能性を秘めています。データサイエンスは難しいものと思われがちですが、自分の好きなことから始めてみると楽しく身につけられます。例えば「推しをもっと知りたい」という情熱が、あなたのデータサイエンスへの入り口になるかもしれません。
今後もWiDS HIROSHIMAでは、女性をはじめ多様な人々がデータサイエンスに触れる機会を創出し、広島から次世代のデータサイエンティストを育成する活動を続けます。